特集「各種の事故とその防止対策」
自動回転ドアの事故とその防止対策について
直井(なおい) 英雄(ひでお)
東京理科大学教授
 はじめに
 平成16年3月に発生した自動回転ドアの事故を受け、国土交通省および経済産業省の共同で「自動回転ドアの事故防止対策に関するガイドライン」が策定された。
 本稿は、その策定のために設けられた検討会で委員長を務めた者として、策定の経緯等を報告するとともに、このような事故を包含する日常災害の研究者として、日常災害問題全体のなかでのこの事故の位置づけや意味、今後の教訓などについて考えてみようとするものである。
 1.事故の発生と「ガイドライン」策定の経緯
 平成16年3月26日(金)、六本木ヒルズの森タワー正面入り口で、6歳の男子が自動回転ドアに頭部を挟まれ、死亡するという痛ましい事故が発生した。誠に残念なことであり、心からご冥福をお祈りするものである。
 この事故は、日常何気なく使用していた大型の自動回転ドアによって引き起こされた惨事ということもあり、社会的にも大きな関心を引き起こすとともに、その安全対策のあり方が問われることとなった。
 大型の自動回転ドアの安全基準については、製品自体が最近導入されはじめたものであり、また、これまで命にかかわるような重大な事故が発生していなかったこと、その他の軽度な事故についても情報が公開されていなかったことなどから、安全の問題は、メーカーの自主的な取り組みに委ねられ、特には基準等が定められてはいなかった。しかし、このような重大事故が発生したことを契機にして、自動回転ドアが必ずしも安全でないことが認識され、設計者や管理者が守るべきガイドラインを策定することが社会的にも強く要望されたため、国土交通省・経済産業省共同の「自動回転ドアの事故防止対策に関する検討会」が設置されることとなった。
 この検討会においては、自動回転ドアの設置状況の実態調査、過去の事故事例の分析、海外の規格の把握、等を踏まえ、事故防止対策のガイドラインの策定、を目指して審議検討が重ねられた。検討会は、高齢者団体、障害者団体、子供の安全に係わる団体、ビル管理や回転ドアメーカーなどの業界団体などからの代表者と、これに学識経験者を加えた幅広いメンバーで構成され、様々な角度から活発な意見交換が行われた。
 第1回の検討会は平成16年4月20日に開催され、以降、5月7日に第2回、6月8日に第3回が開催され、第4回目の平成16年6月29日の検討会に至って、「自動回転ドアの事故防止対策に関するガイドライン」がとりまとめられた。
 なお、この検討会の審議経過、「ガイドライン」を含む報告書などは、国土交通省のホームページで公開されているので、必要があれば参照されたい。
 2.日常災害の種類と実態の概略
 冒頭に述べたように、この回転ドアの事故も、建築日常災害の一つである。日常災害問題全体のなかでの回転ドアの事故の位置などを考える上では、まず、日常災害の種類と実態の概略に触れておく必要があろう。もっとも、本誌の過去の号や、その他の文献で、散々述べてきた内容なので、すでにご存知の方は、この部分をとばしてくださって結構である。
 さて、図1を覧いただきたい。これは、日常災害、すなわち建物にかかわる事故にはどのような種類があるのかをまとめたものである。かなりたくさんの種類があるが、これらは、大きく3つのグループに分けて捉えるとわかりやすい。
 第1の「落下型」の事故というのは、建物につきものの事故グループである。どんな建物であっても、建物の中には、高い場所と低い場所が存在するから、人が落下したり、物が脱落して下にいる人に当たったりする危険は常にある。
 第2の「接触型」の事故グループだが、これは、ふだんの生活のなかで人と建物とが「接触」することによって生じる事故のグループである。ぶつかったり、こすったりという接触はごくあたりまえのことだが、このとき、建物各部の材質や形状に不備があると、人体が傷つけられることになる。
 第3の「危険物型」は、設備がらみの事故といってもよい。建物の中には、生活の利便のために、電気、ガス、水道などが引き込まれているが、これらは本来、生身の人間にとっては大変な「危険物」なのである。ふだんはうまくコントロールしながら使っているので、それほど恐ろしいものとは感じられないが、そのコントロールが何かの加減で外れてしまうと、もともと持っていた危険物としての本性まともに人に襲いかかってくる。
 次に、このような日常災害によって、いったいどれくらいの人が犠牲になっているのかを見ておこう。図2は、「人口動態統計」により、日常災害ばかりでなく、火災や震災などのいわゆる非常災害も含め、ここ10年ほどの死亡者の推移をまとめたものである。横軸の死亡率とは、年間10万人当たりの死亡者数をいう。
 これを見てまず気がつくのは、日常災害の死亡者のほうが、例年、火災や震災などの非常災害より圧倒的に多いということである。阪神・淡路大震災が生じた平成7年を別にすれば、日常災害8割、非常災害2割と見てよい。
 日常災害のなかで、最近、もっとも多くなってしまったのは、浴室などでの「溺水」である。統計に詳しく当たってみると、その犠牲者の大半が65歳以上の高齢者によって占められていることがわかる。次に多いのが「墜落」「転落」「転倒」などの「落下型」の事故である。これもかなりの数である。「中毒」や「火傷」は、幸いなことに、最近はかなり少ない。
 3.日常災害問題全体のなかでの自動回転ドアの事故の特異性
 自動回転ドアの事故は、上に述べた日常災害の種類のなかでは、いうまでもなく、「はさまれ」に属する。その意味では、ごく普通の日常災害の一種である。
 ただ、この「はさまれ」は、実態として示した統計を見てもお分かりのように、ほとんど死亡者を出さない事故種類である。われわれの日常生活を振り返ってみても、「はさまれ」る事故は、しょっちゅう見聞きはするが、ほとんどが軽い事故ばかりで、重傷や死亡といった重大な被害をもたらすものは聞いたことがない。これは、考えてみればあたりまえのことで、「はさまれ」の元凶であるドアや引き戸は、通常、人の手で動かす程度の軽いものである。仮にはさまれたとしても、そのエネルギーは微々たるものである。
 ところが、大型の自動回転ドアとなると話はまったく別で、相当な重さのものを、相当な力で動かさなければならない。いきおい、「はさまれ」たときのエネルギーも相当なものとなろう。この意味では、今回生じた自動回転ドアの事故は、きわめて特異な「はさまれ」といえる。
 自動回転ドアの事故は、「自動」という点でも、一般の日常災害とはずいぶんと性格を異にする。ごく一部の例外を別にすれば、日常災害というのは、静止した建築環境のなかで、人間が何らかの行為・動作を行い、その際、建築環境と人間との関係に何らかの不具合があった場合に発生するものである。これに対して、自動回転ドアの事故は、巨大な機械に人間が巻き込まれて生じたという性格が強い。この違いをあえて際立たせれば、前者は「環境もの」、後者は「機械もの」と表現できるのではないかと考えている。ちなみに、エレベータやエスカレータの事故なども「機械もの」の仲間である。
 この「機械もの」の事故は、一般の「環境もの」の事故に比べ、われわれ使用者の潜在的な意識の面でも、大きな違いがある。「環境もの」の場合、われわれの行為はもともと自発的(voluntary)なものであり、事故の責任も多くは自分にあったと思いがちである。それに対して「機械もの」の場合、非自発的(involuntary)な感じが強く、どちらかというと機械のほうの責任が重いと感じがちである。安全工学の常識でも、前者のような任意性のある災害に比べて、後者のような任意性のない災害に評価は厳しいというのが通説である。社会的にされる受容される死亡のリスクも、年間1人当たりで前者は10-5オーダー、後者は10-7オーダーとされていて、2桁もの違いがある。
 4.今後に向けて
 以上のようなことを総合的に踏まえた上で、「ガイドライン」では、定量的に示すことはできないが、「社会的に容認される安全のレベル」の実現を目指した。この安全レベルの表現として、もちろん心理的な意味においてではあるが、「エレベータ・エスカレータ並み」という具体的な言葉が用いられることもあった。これは、説明するまでもなく、「機械もの」の先輩格であるエレベータ・エスカレータが、様々な利害を含みながらも、また使用者の側のある一定の注意を前提にしながらも、総合的には「社会的に容認される安全のレベル」にあると認められて使われていると判断されたからである。「機械もの」の後発である自動回転ドアにおいても、「ガイドライン」が有効に活用され、社会的に容認されたレベルに達しているものとして、適材適所に使われていくことを期待するものである。