事故を防ぐための解説・提案

本サイトに登録された各種の事故事例から、どのようなことを教訓として学ぶべきなのかについて、建築計画と法的責任の2つの観点から、それぞれ、吉村英祐大阪工業大学教授と佐藤貴美 弁護士にご寄稿いただきました。

安全・安心な建築デザイン
吉村英祐 大阪工業大学教授

<目次>
  1. 序:安全・安心な建築デザインを目指して
    • 1-1. 安全と安心    
    • 1-2. ハインリッヒの法則に学ぶ
  2. 建築デザインと日常災害
    • 2-1. 危険なデザインが生みだされる背景    
    • 2-2. 矛盾する要求条件
    • 2-3. 消去のデザインの流行と危険性
  3. 典型的事故パターン
    • 3-1. アフォーダンスと日常災害    
    • 3-2. 事故発生につながる行動的要因
    • 3-3. 建物における典型的な危険箇所
  4. 安全・安心な生活環境の実現に向けて

1.序:安全・安心な建築デザインを目指して

1-1. 安全と安心

 安全とは、人とその共同体への損傷、ならびに人、組織、公共の所有物に損害がないと客観的に判断されること、安心とは組織や人の間で信頼が築かれており、自分が予想していないことは起きない、何かあったとしても受容できると信じている状態である(注1)。すなわち、安心とは個人の主観的な判断に大きく依存するものであり、安全だけで安心は担保されない。
 さて、従来、建築の安全といえば地震、台風、洪水、火災(防火・避難)を思い浮かべることが多かった。だが、附属池田小学校事件(2001年6月8日、児童8人が殺傷)、明石花火大会事故(2001年7月21日、高齢者9人・子ども2人の計11人が死亡)、六本木ヒルズ自動回転扉事故(2004年3月26日、6歳男児1人が死亡)などの事件・事故が頻発するようになり、生活環境の安全・安心への社会的関心が今までにない高まりをみせている。

1-2. ハインリッヒの法則に学ぶ
図1
図1  1:29:300の法則

 アメリカの損害保険会社の技師であったハインリッヒは、自社の統計資料を分析した結果、「ハインリッヒの法則」を見いだした(Industrial Accident Prevention-A Scientific Approach、1931年)。ハインリッヒの法則には、「ドミノの法則」(注2)と「1:29:300の法則」の二つがあるが、日常安全の分野では、後者がよく引き合いに出される。
 「1:29:300の法則」とは、災害を起こす可能性がある事故件数330のうち300件は傷害の発生がなく、29件が軽傷を起こし、1件が重傷あるいは永久労働不能となるというものである(図1)。この300件は「ヒヤリハット」(ひやりとした、はっとした経験)とも呼ばれ、事故の要因分析や事故の発生予測に不可欠な情報である。しかし、「ヒヤリハット」の情報は報告するまでもないささいなこと、あるいは本人のミスが原因であるとして積極的に収集・分析されることはなく、また、その上の段階の重大な事故もニュースにならない限り、社会に知られることはなかった。だが、事故情報が共有されないと、有効な対策が講じられず、同様の事故が繰り返されることは、自動回転扉での事故例を見れば明らかであろう(注3)。

 
1) 「安全・安心な社会の構築に資する科学技術政策に関する懇談会」報告書(文1)に示された「安心」と「安全」の定義を参照した。
2) 災害は 社会・環境・素質 2.個人的欠陥 3.不安全行為・機械的危険 4.事故 5.傷害 の五つの要素が1.から5.の順に将棋倒しの形で連携し災害が発生するが、このうち3.が要素の中枢であり、これを排除すれば災害は防げる、とするもの。
3) 六本木ヒルズでは、2003年4月のオープン以来、自動回転扉での死亡事故が発生するまでに、自動回転扉に挟まれる事故が32件(うち森タワーで22件)発生しており、33件目の事故で死亡者を出してしまった。また、他の建物の自動回転扉でも多くの事故が発生していることが明らかになり、六本木ヒルズを含め、自動回転扉の撤去や使用停止が相次いだ。

2. 建築デザインと日常災害

2-1. 危険なデザインが生みだされる背景

 われわれの生活環境には、日常災害を引き起こす危険なデザインが潜んでいる。このようなデザインが生み出される背景としてまず考えられるのが、設計者の危険予測能力の欠如である。これは、人体寸法・動作領域・運動能力・認知能力・視野・視点の高さ等の人間工学に関する基礎知識や、それぞれについて個人差があることを十分に理解していないこと、一般成人と比べて危機対応能力が低い子ども、高齢者、障害者等への配慮不足などが背景にある。また、人間の行動法則(近道行動など)や行動心理に反するデザイン、うっかりミス・思いこみ・勘違いを誘発するデザインも少なくない。

 次に、設計者の関心が見た目の美しさに集中し、ユーザーの立場に立った使いやすさや安全性への配慮が著しくかけていることがあげられる。だが、いくら見た目に美しいデザインでも、いったんそれに起因する事故が発生すると、危険箇所に警告シールを貼る、目立つよう色を塗る、改修・撤去するなどの事後対策が講じられた結果、見苦しくなった例は、枚挙にいとまがない。

2-2. 矛盾する要求条件

 建築の安全に対する要求条件が、対立・矛盾する場合がある。その解決には、相互の関係や目的をふまえた総合的な判断が求められる。

(1)避難安全と防犯対策の矛盾

 バルコニーや屋外避難階段は災害時の重要な避難経路であるが、外部からの侵入経路にもなる。また、病院の病棟部のバルコニーは、患者が発作的に飛び降りるおそれがあるとして、ふだんは出られないように、扉や窓の開閉を制限しているところがある。窓や扉の施錠管理を厳重にすればするほど避難時の解錠が困難になるという矛盾は、ホテルや病院の設計において、しばしば問題になる。

(2)バリアフリーと日常安全の対立

 高齢者や障害者のために設けた手すりに、子どもが足をかけて墜落する事故が起こっている。ある高齢者施設のバルコニーは、屋内との段差をなくして車いすでも出られるようにし、条例にしたがって二段手すりを取り付けたが、足がかりとなって危ないとの指摘を受け、手すりが使えないように「改善」された。

バルコニーの二段手すりが足がかりにならないようにカバーを取り付けて「改善」した例

 車いすを考慮して歩道のコーナー部の段差を車道に合わせて切り下げると、視覚障害者が歩道と車道の区別がつきにくく、警告用点字ブロックがないと、そのまま車道に出てしまうおそれがあり、また歩道切り下げは、歩道上への違法駐車を誘発する。点字ブロックの凹凸は、車いすの通行に支障をきたす、歩行者がつまずいたり足を滑らしたりすることがある。

歩道コーナー部の歩道切り下げは歩道と車道の境界をあいまいにする
2-3. 消去のデザインの流行と危険性

倉敷にある大原家の勝手口は土塀と完全に同化しており、観光客はほとんど気付いていないであろう。消す対象は扉、窓、壁、柱、階段、手すり、枠、点検口、目地、幅木、スイッチ・コンセント類、照明器具、スピーカ、防災設備機器、溝蓋、文字・サイン、そして建築本体にいたるまで多岐にわたるが、きれいに消すためには、高度なデザインセンスと洗練されたディテールが必要である。
「デザイン上、階段には手すりがない方が美しい」(文2)、「抽象的に見せるためには、ピカピカ仕上げにしたいことは、よくあると思うのです。・・・壁だったらできるだけ薄くしていく。透明な空間は、できるだけ透明な表現で統一したい。その欲望は常にあるはずです」(文3)等の建築家のことばに代表されるように、デザイン要素を極力減らす・なくす・消すことがデザインの潮流となっている。そうして生まれるデザインは抽象性が高く、見た目にもすっきりしているため、一般にも人気が高い。

 消去のデザイン手法には、「同化」、「透明化」、「省略化」があり、目的に応じて使い分けられる。問題は、ユーザーにその存在が知られていなければ、ユーザーの安全が損なわれることである。特に、一刻を争う場合や、瞬間的な判断が迫られる場合に必要なものの存在を消すデザインは、危険要因となりうる。

(1)同化による危険性

 防火扉、屋内消火栓、消火器ボックスの扉を周囲の壁と完全に同化させると、緊急時にそれらの存在に気付きにくく、また平常時は扉の前に物を置く行為を誘発する。

植栽がとぎれている部分の外壁に避難口の扉がある。
前に自転車等が置かれないよう、緑色のコーンが置いてある

御影石の壁に同化させた屋内消火栓。文字もグレーで小さく見えにくい。
前に物が置かれないよう、日々の管理が重要

周囲にとけ込ませて存在を消そうとするデザインも、使う場所によっては問題が生じる。ステンレス鏡面仕上げの柱に車がぶつかる、シャッターのガイドレールを納めたステンレス仕上げの柱に人がぶつかるなどの事故が、その一例である。

ステンレス鏡面仕上げの柱がへこみ、ステンレス製バリカーも曲がっている。車がぶつかったためと思われる 「柱 注意」と書かれたステンレスの柱。柱が細いこと、周囲に気をとられやすい場所であることも人がぶつかる一因であろう 明るい屋外では細くて白い柱が特に見えにくくなる。ぶつかり防止のため、目の高さにトラテープが4列に巻かれている

同じ素材・仕上げ・模様のパターンで仕上げることも、危険要因となる。段鼻が見えない階段、床面と同じ仕上げのボラード(車止め)、池の底と池の縁や周囲と同じ仕上げにしてある水深の非常に浅い池は、それぞれ踏み外す、はまる(踏み入れる)、ぶつかる原因になる。

段鼻がわかりにくい階段では思わず立ち止まることがある。弱視の人には斜路に見える 歩道と池の底が同仕上げで水深が浅いため、池に気付かずに踏み入れやすい

点字ブロックは、見えすいように黄色にしている場所が多いが、背景の色との関係からは必ずしも黄色が最善とは限らない。また、黄色のラインは周辺の環境になじまない、床のデザインを「破壊」するなどの批判がある(文4)。かといって、完全に床に同化させるとラインが見えにくくなり、またその結果、ライン上に物が置かれると視覚障害者の通行を妨げる。

白色の床に埋められた白色の点字ブロックは、つまずく原因にもなる

白で統一したデザインにも問題がある。ある公共施設では、真っ白の壁に真っ白の箱文字で施設名が書かれてあった。また、ある集合住宅では、白いインテリアに合わせて消火器まで白く塗ってあったが、火災という一刻を争う時に必要な物を目立たせなくてよいのだろうか。

白色の壁に書かれた白色の文字は判読が困難 白いインテリアにあわせた白い消火器は特注品
(2)透明化による危険性

建築の透明化の潮流は、窓や外壁だけでなく、内壁・床、浴室の扉にまでガラスを使う傾向として現れている。しかし、ガラスは使う部位を間違えると危険であり、使用にあたっては細心の注意が必要である。ガラス壁があるのに壁の向こう側と空間的につながっているように見えるデザイン、近道行動を誘発するデザインは、ぶつかり事故発生の要因となる。

子どものぶつかり事故が多いため、ガラス面に「自動扉 危険 危険」と大書きされている 左から来た人が近道行動でぶつかる。「ガラス注意」の文字と緑色のラインで注意を喚起している
(3)省略化による危険性

平成14年に建築基準法施行令第25条が改正され、「階段等における手すりの設置の義務化」が明確に示されたが、改正以降も明らかにこの規定に違反している建築(多くは個人住宅)がメディアに堂々ととりあげられている(注4)。また、違反ではないが、縦桟・横桟の間隔が広い、支柱だけで桟がない階段の手すりや吹き抜けに面した手すりをよく見かける。個人住宅の場合、階段に手すりをつけるか否かは、施主の了解の上での自己責任であり、法律がそこまで介入するのはなじまないとの意見を耳にするが、小さな子どもや高齢者がいる家ではどうか、急勾配やすべりやすい階段、墜落・転落時の落差が大きい階段でもなくてよいのか。手すりは安全だけでなく、安心のためにもあったほうがよいし、安全な手すりをどうデザインするかが、プロの建築技術者やデザイナーの腕のみせどころではないだろうか。

 
4) 2005年日本建築学会賞(作品)の受賞作「積層の家」(設計者:大谷弘明氏、設計期間:1997年6月~2002年1月)は、選考委員会が現地審査したときに階段に手すりがついていなかったため、「学会賞を受賞する建築物は法規を満たしている必要がある」ことを設計者に説明し、手すりを後付けしたことで、受賞が決まったという経緯がある(文2)。

3. 典型的事故パターン

3-1. アフォーダンスと日常災害

アフォーダンスとは、「利用者によって発見される環境の資質、情報(行為の可能性)」(J.J. Gibson)である(文5)。水平面、斜面、横桟、格子、階段は、歩く、上る、座る、横になる、置く、登るなどの、人間のさまざまな行為を“アフォード”する。

人は、水平部分に物を置いたり上ったりする。吹き抜けに面した手すり壁の天端には荷物や飲み物が置かれやすいが、うっかり物を落としたときには、きわめて危険である。その事後対策として、水平面を傾斜させたり丸めたりする事後対策が講じられるが、最近ではあらかじめ危険を予測し、事前対策を講じた事例が見られるようになった。

幅のある水平面は物を置くことを“アフォード”する。階段の立ち上がり壁の天端を水平にすると物が置かれて危険。 エスカレータまわりの手すり壁の天端を傾斜や曲面にしてものが置けないようにしたデザイン(事前対策)
吹き抜けまわりの手すり壁の天端を手前に傾斜させてある(事前対策)
3-2. 事故発生につながる行動的要因
(1)近道行動

人は前方にコーナー部分や障害物がある場合、できるだけ内側を歩こうとするが、障害物の位置・大きさ・形状を見誤ると、身体の一部がそれに接触することがある。
特に、視野外にある足元や頭上付近の出っ張りにつまづきやすい。

(2)注視させるものの存在

景色に目を奪われたり、目標とする場所が前方に見えていたりして、注意がおろそかになりやすい場所に段差や突起物などの障害がある場合。

(3)視野死角

頭上付近と足元付近の視野外に障害物があってはならない。大人の目線で視野内にある障害物でも、子どもや車椅子利用者にとっては視野死角に入ることがある。

3-3. 建物における典型的な危険箇所
(1)近道行動

人は前方にコーナー部分や障害物がある場合、できるだけ内側を歩こうとするが、障害物の位置・大きさ・形状を見誤ると、身体の一部がそれに接触することがある。特に、視野外にある足元や頭上付近の出っ張りにつまづきやすい。

足がかりになる形状
超高層集合住宅の吹抜に面した廊下の手すりに書かれた「のぼらないで!」の注意書き
ベンチの上の突起物
ベンチの上の天井高さは1.8mしかない。申し訳程度に張られたトラテープに気付く人はどれだけいるだろうか 気をつけないとベンチから立ち上がるときに頭や肩を強打する。ここでは、トラテープはほとんど用をなしていない
床面の凹凸
V字形に凹んだ排水溝の蓋の断面形状は見誤りやすい。また、床置きの注意書きは新たな危険要因にもなる
低い梁下・開口部上枠
手すりに沿って歩くと頭をぶつけてしまう。危険回避のため後付けされた足元のポールも、新たな危険要因となる カウンターに「頭上注意」と書かれたチケット売り場。同種の「失敗」は数多く見かける
一段の段差
視線が上を向きやすい場所にある1段の段差(左)。段鼻にトラテープと滑り止めテープが貼ってある(右)。2段以下の段差は、それだけでも気付きにくく危険 開口部の向こう側は1段低くなっていることに気づきにくく、転倒する
わかりにくい段差
華やかなインテリアやディスプレイに目を奪われやすいところに階段を設けるのは危険。転倒事故の発生により階段が斜路に改修され、斜路が二つ並んでしまった(左の斜路はもとからあったもの)
斜めの柱
柱は垂直であるという思いこみ、グレーで目立たない色が、ぶつかり事故を生む。事後対策として柱にクッション材が巻かれているが、柱や周囲と同色であるため、注意喚起効果は期待できない

4. 安全・安心な生活環境の実現に向けて

 危険なデザインの再生産という悪循環を断ち切るためには、設計者が危険なデザイン事例やそれに起因する事故情報、事故をめぐる裁判事例等を共有し(注5)、デザインに起因する事故発生の可能性を設計段階で予見して、事故の未然防止に努めなければならない。安全を軽視したデザインに起因する事故を起こすたびに規制が強化されることは、設計者が自分で自分の首を絞めることにつながる。建築のデザインに法的規制はなじみにくいが、自動車や家電製品は、厳しい安全基準をクリアしつつ、美しく使いやすく安全なデザインを実現している。建築のデザインにも、安全に関する規制や基規準を逆手にとる逆転の発想により、新しいデザインを生み出す攻めの姿勢が必要である。
 ユーザーや社会が要求する安全のレベルは、年々高まる一方である。建築技術者は、それに誠実かつ的確にこたえ、安全性とデザイン性の両立に向けて努力することで、安全・安心な生活環境をデザインしなければならない時代を迎えている。


参考文献  
1) 安全・安心な社会の構築に資する科学技術政策に関する懇談会:「安全・安心な社会の構築に資する科学技術政策に関する懇談会」報告書、2004年4月
2) 設計者の自邸に「手すり無し」は可能か、日経アーキテクチュア2005年5月30日号、pp.83-87
3) 第15回 新 現代建築を考える○と×、GA JAPAN 64、A.D.A. EDITA Tokyo、2003年9月
4) 田中直人、岩田三千子:サイン環境のユニバーサルデザイン 計画・設計のための108の視点、学芸出版社、1999年
5) 高橋鷹志+チームEBS編:環境行動のデータファイル、彰国社、2003年