本サイトに登録された各種の事故事例から、どのようなことを教訓として学ぶべきなのかについて、建築計画と法的責任の2つの観点から、それぞれ、吉村英祐大阪工業大学教授と佐藤貴美 弁護士にご寄稿いただきました。
近時は、建築物内で発生した事故に伴い、その所有者や管理者、設計者、施工者等に対する法的責任の有無等が大きく報道される機会が多い。一見新たな事故に見えるような事案も、過去の裁判事例では、類似の事案において判断が示されているケースも少なくないところである。
本稿では、生活環境、とりわけ建築物内等で発生した事故に伴う過去の裁判事例を概観し、コンプライアンス、リスクマネジメントの参考にしていただければと考える。
土地上の工作物(建物等)に瑕疵(通常有すべき安全性の欠如)があり、その瑕疵と事故による損害との間に因果関係が認められれば、建物所有者・占有者は当該損害を賠償すべき責任を負う。この責任のことを「工作物責任」という。
工作物責任が問われるのは、第1次的には占有者であり、占有者が過失がないこを証明できたときには、第2次的に所有者が責任を負う。この場合の所有者の責任は無過失責任であり、建物の設置管理等に過失はない(十分に注意を払っていた)場合でも責任を負う。
建物所有者等が、建物等の安全性に配慮すべき義務(安全配慮義務)を怠った過失に基づき損害が生じや場合、一般不法行為として損害を賠償すべき責任を負う。
次の債務不履行責任と異なり、建物所有者等に注意義務違反の過失があることなどは、被害者側で証明しなければならない。
建物所有者等との間に一定の契約関係にある者が事故により損害が生じた場合、当事者間の契約関係で建物所有者等が負っている安全配慮義務に違反したと評価されるとき、その義務違反と損害との間に因果関係が認められれば、損害を賠償すべき責任を負う。
前の一般不法行為責任と異なり、被害者側が建物所有者等に債務不履行があることを証明すれば足り、建物所有者側で過失がないことを証明できなければ、責任が成立する(無過失であることが債務者の免責要件となっている)。
原因 | 契約関係 | 過失 | 使用者の責任 | |||
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工作物責任 (民法717条) |
建物等の瑕疵(通常有すべき安全性の欠如) | 不要 |
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一般不法行為責任 (民法709条) |
特定の人の行為 | 不要 |
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使用者責任(民法715条)が問われることがある | ||
債務不履行責任 (民法415条) |
特定の人の行為 | 必要 |
|
履行補助者の責任として、使用者も責任を問われることがある |
ちなみに、事故が発生した建物等が国、地方公共団体の設置・保存に属する場合には、国家賠償法に基づき国等の責任が問われることになる。
建物等の瑕疵や安全配慮義務違反の内容については、これらの国家賠償法に基づく責任にかかる裁判例等も参考になる。
事故原因につき加害者側の落ち度が大きく、法令で定められた犯罪に該当する場合には、加害者が刑事責任を問われることもありうる。建物等に起因する事故につき問われる可能性のある刑事責任には、次のようなものが考えられる。
刑法211条 | 業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処す |
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刑法117条の2 | 第116条(失火罪)の行為又は前条第1項(激発物破裂罪)の行為が業務上必要な注意を怠ったことによるとき、又は重大な過失によるときは、3年以下の禁錮又は150万円以下の罰金に処する。 |
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これは、行政刑罰という形で課されることが多く、その場合は、行政責任と刑事責任とが競合していることになる。
建物所有者等が、建物等の管理につき一定の業務を行なうに当たり行政の監督を受ける立場にある場合、事故等がその業務遂行上の問題などに起因する場合において、監督官庁などから当該業務の停止命令や、資格剥奪等の処分がなされることがある。このような、当該業務を所管する行政庁から処分などを受けると言う形で責任を問われる場合が、行政責任の問題である。
被害者が建物等をたまたま利用していた第三者(一般客など)である場合には、契約関係はないため、客に対する安全配慮義務違反等に対する一般不法行為責任が問題となる。
事故の原因が建物等の工作物の瑕疵に基づくものであった場合、所有者は、占有者(テナントなど)に責任がある場合を除き、工作物責任を負う。この場合、前述したように、所有者が工作物の設置・保存に十分に注意していたという「無過失」を主張しても、責任はのがれられない。その意味で、極めて重い責任が課されることになる。
テナント自体に被害が生じた場合は、賃貸借契約上の責任が問題となりうる。また、特別な場合においては、所有者は第三者との間で具体的な安全保持義務(安全配慮義務)を負うとし、その義務違反という形で債務不履行責任が問題となる場合もありうる。
民事責任のほかに、消防法などの規定に基づき行政責任を問われることがある。
また、自らの過失行為により人を死傷させた場合などでは、刑事責任も発生しうる。
被害者が建物等をたまたま利用していた第三者(一般客など)である場合には、契約関係はないため、客に対する安全配慮義務違反等に基づく一般不法行為責任が問題となる。
事故の原因が建物等の工作物の瑕疵に基づくものであった場合、瑕疵がある部分を占有している者は、工作物責任を負う。ただし、所有者の場合と異なり、工作物の設置・保存につき過失がなかったことを証明できれば、責任をのがれることができる。
特別な場合においては、所有者は第三者との間で具体的な安全保持義務(安全配慮義務)を負うとし、その義務違反という形で債務不履行責任が問題となる場合もありうる。
民事責任のほかに、消防法などの規定に基づき行政責任を問われることがある。
また、自らの過失行為により人を死傷させた場合などでは、刑事責任も発生しうる。
所有者等が第三者やテナントに対し工作物責任に基づき損害賠償責任を負担した場合、その所有者等は、他に瑕疵を存在せしめた原因者があるときは、その原因策出者に対し「求償」することができるとされており(民法717条3項)、管理業者が原因作出者である場合には、この規定に基づき所有者等から求償されることがある。ただし、この場合、管理業者等の行為が被害者との関係でも一般不法行為に該当すること(注意義務違反等の過失があること)が必要であるとされている。
建物所有者等と管理業者との間には管理委託契約が存在することが一般的であり、その法的性質は、委任ないしは準委任契約と解されている。
この場合、所有者との関係では、管理委託契約の内容に基づく契約責任か、一般不法行為責任が生じうる。所有者等に何らかの損害が生じた場合(上記のように被害者との間で法的責任を負った場合を含む)、契約上の義務違反行為等があるとして契約責任(損害賠償責任)を追及される場合がある。
対テナントや一般客との関係は、契約関係にないため、一般不法行為責任のみが問題となる。この場合、管理業者として、一般客等に対する安全配慮義務違反の有無が問題になることが多い。
民事責任のほかに、自らの過失行為により人を死傷させた場合などでは、刑事責任も発生しうる。
設計者又は施工者は、建築物等の所有者との間で、委任契約または請負契約関係にある。所有者等に何らかの損害が生じた場合(上記のように被害者との間で法的責任を負った場合を含む)、契約上の義務違反行為等があるとして契約責任(損害賠償責任)を追及される場合がある。
被害者も、直接設計者・施工者に対し、不法行為を根拠に損害賠償請求をすることが可能である。従来は、設計者または施工者は、重大な違法性がない限り、直接に責任をとわれることはないとの下級審判例があったところである。
しかし、平成19年7月6日、最高裁は、「建築物の建築に携わる設計者、施工者は、建物の建築に当たり、契約関係にない居住者等に対する関係でも当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うとするのが相当である」とし、「設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者等の生命、身体又は財産が侵害された場合には、設計・施工者等は、不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り、これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うと言うべきである。」と判断した。
すなわち、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵がある場合には、被害者との間でも不法行為責任が成立すると解すべきであるとし、違法性が強度である場合に限って不法行為責任が認められるとの見解を否定したところである。
民事責任のほかに、建築士法などの規定に基づき行政責任を問われることがある。また、自らの過失行為により人を死傷させた場合などでは、刑事責任も発生しうる。
建築物等内における事故の場合、建物に瑕疵(通常有すべき安全性の欠如)があるかどうかが法的責任の有無に大きくかかわってくる。
そして、この瑕疵の有無は、一般的抽象的に捉えるのではなく、具体的・個別的に判断されている。
例えば、最高裁判所も、営造物責任の事例などで、営造物の設置又は管理の瑕疵とは,営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい,これに基づく占有者・所有者の責任については,その過失の存在を必要としないとしつつ、営造物の設置又は管理の瑕疵があったとみられるかどうかは,当該営造物の構造,用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的,個別的に判断している(国家賠償法2条に関する最高裁判所昭和45年8月20日第一小法廷判決)。
これにより、建物等内での事故に係る裁判事例では、瑕疵の有無の基準、すなわち安全性の欠如の有無の基準は、、建物等の利用目的による属性(例えば住居など特定の者のみの利用が想定されるものか、商業ビルなど不特定多数の者の利用が想定されるものかなど)、利用客の属性(例えば専ら高齢者などが使用するのか、酔客の存在が当然予想されるのかなど)、予想される利用態様(例えばスポーツ施設において、単純なレジャー用か、本格的な練習での利用が前提とされているかなど)によって、異なっている。
建物等内で事故が発生した場合、建物所有者等の責任根拠としてもう一つ挙げられるのが、安全配慮義務違反である。
安全配慮義務違反は、
以上のように、建物等内での事故が発生した場合の責任の有無を左右する「瑕疵」及び「安全配慮義務」のいずれにおいても、求められる安全水準は、その建物等の利用目的や利用態様等により異なる。以下に、利用目的や利用態様ごとに、その大まかな傾向を整理してみよう。
安全性の基準は、通常予測される居住者等の行動を基準として危険防止の設備をすれば足りるのが原則とされる。より具体的には、次のような判断が示されている。
多数の顧客の出入が予想される以上、利用される顧客に対し安全性が確保された設備を用意し、あるいは安全性を確保するように管理して建物設備等を提供すべきであるとして、それを満たさない場合には瑕疵ないし過失ありとされる傾向が強い。
とりわけ、酒等を提供する施設等(ホテル・旅館・居酒屋等)の場合は、一般の事務所用ビルとは異なり、酩酊客の存在なども想定した安全対策を施しておくことが要求される傾向にある。
一般の事務所等とは異なり、様々な疾病や怪我等により日常の行動能力を有さない利用者の存在を前提に、高度の安全性が要求される。ただし、患者が通常は予測できないような行動にでることを想定しての安全性までは要求されない。
利用客の属性(大人専用か、幼児等も入場可能か)、予想される利用態様(例えば飛び込み台を設置し飛び込み練習での利用を前提としているかなど)などの具体的事情に応じて、個別的に安全性を評価する傾向にある。
一般的に、被害者が当該施設を通常の使用方法に従って使用していた場を除き、何らかの落ち度があることが多い。この場合、損害に対する責任の公平な分担の観点から、被害者側の過失を考慮し、「過失相殺」として、賠償額を減額することになる。
一般的に、2割程度の過失相殺が認められる傾向があるが、下記のようなケースではさらに被害者側の過失割合が多くなり、5割以上の過失相殺となる傾向にある。
ただしその一方で、建物等の瑕疵ないし安全配慮義務違反の程度が大きい場合には。公平の観点から、被害者側に多少の過失があったとしても過失相殺をしない場合もある。
幼児の場合には親の監視監督義務が強く要求され、目を放した隙に事故にあった、あるいは一人で行動している幼児を放置していた場合には、当該義務違反として重大な過失として斟酌される。
小学生の段階では、例えば施設設備を本来の目的以外の遊具として使用して事故にあった場合などにおいては、親権者がそのような行為をしないよう注意をし、現実に当該行為をしようとする場合には止めるなどの措置を講じなかったことが、重大な過失として斟酌される。
一方中学生以上であれば、自身も十分に危険を予見して回避する等の事理分別能力があるとして、自身の過失が斟酌され、自ら危険を招くような行動に対しては、重大な過失として斟酌される。
飲酒酩酊により通常の注意能力、運動能力を欠いている状況にあるときに事故にあった場合、飲酒と事故との間に因果関係があれば、重大な過失として斟酌される。
日常的に、あるいは事故に遭遇した行動時において一定の介助が必要とされていた場合においては、当該介助行為がなかったことが被害者側の重大な過失として斟酌される。
事故の発生が大地震や大型台風などの通常予測できない自然力により直接的には事故が発生したとしても、建物等に瑕疵が存在していれば因果関係は否定されない。自然力と瑕疵の存在のそれぞれの損害に対する寄与度を検討し、責任割合が決定される。
過去の裁判例では、自然力と競合した場合、当該自然力の「損害への寄与度」を5割と評価し、損害賠償額を5割減額するという判断がなされる例がある。
被害者側に異常行動があって事故が発生した場合であっても、施設設備の瑕疵等があれば、損害との因果関係は否定されない(法的責任は認められる)。
ただし、被害者側の異常行動は、瑕疵(通常有すべき安全性の欠如)の有無の判断において、「当該異常行動を前提とした安全性を有することまでは求めることはできない」として瑕疵または過失の存在を否定する要素として検討される。
また、瑕疵の存在が認められた場合でも、上記4の過失相殺の中で相当程度評価される。
裁判所は、事故が発生した場合、法的責任の根拠となる施設設備側の瑕疵又は過失の有無を評価するに当たっては、施設設備側がどのような安全対策を講じているかを検討する。安全対策として評価するのは、主に以下のような項目である。
実際に事故が発生し、その法的責任の有無を問う場合、まずはアの建築関連法規に従っていることが求められ、建築関連法規の基準すら満たしていない場合には、瑕疵ないし過失が認められる。
一方で、建築関連法規に従っているからといって、それだけをもって責任が否定されることはなく、更にウの具体的な取り組み状況を精査した上で責任の有無、瑕疵ないし過失の有無が判断される。その際には、具体の安全対策のレベルとして、イの基準も考慮される。
なお、上記の安全対策の評価において一般的には瑕疵ないし過失はないとされるケースにおいても、過去に同一施設で同種の事故(ヒヤリ・ハットを含む)が発生していた場合には、事故発生の予見可能性ありとされることになり、それに対する十分な対策を講じていないことが瑕疵ないし過失ありとされることがあることにも留意する必要がある。
2009年7月