事故を防ぐための解説・提案

家庭の浴室(浴槽)における溺水事故が近年増加しています。その事故を予防するために実態と対策、関連情報について建築的な視点を含めてまとめました。ぜひお役立てください。

浴室での溺水事故を防ぐために ~実態と予防策~

<目次>
  1. 溺水事故の実態
  2. 事故のメカニズムと予防策
    • 死に至るメカニズムや予防策について、建築系および医学系の有識者[伊香賀 俊治 教授(慶應義塾大学 理工学部システムデザイン工学科)、鈴木 昌 教授(東京歯科大学 市川総合病院救急科)]にお話を伺いました。
  3. 入浴中の溺水事故に関する情報や学術研究
    • 入浴中の溺水事故に関して市民に向けて発信されている啓発情報や学術研究などをまとめました。

1. 溺水事故の実態

◆近年増加している溺水事故

浴槽内での溺水事故が近年増加しています。厚生労働省の人口動態統計によると2019年には5,666人が「浴槽内での溺死及び溺水」により死亡したと報告されています。これは交通事故による死者数(4,279人)や火災による死者数(1,004人)より多くなっています。

人口10万人あたりの死亡率を経年で追ってみると、年々増加していることが分かります。2000年代後半から増加し始め、近年は5前後と大幅に増えています。これは、後述するように事故に遭う人が高齢者に多いため、国民の高齢化が一因と考えられます。

図1 「溺水事故」の死亡率(10万人あたり)の経年変化
※人口動態統計より国土技術政策総合研究所にて作成


また、浴槽内での溺水については、その実態が未だよく分かっていないことも多く、人口動態統計の基となる医師による死亡診断書で「虚血性心不全」や「詳細不明」などとして処理される場合も少なくないとの指摘もあります。病死等も含めた入浴中の急死者数は年間19,000人にのぼるという推計も報告されています文1)。

◆家庭の浴槽で9割が発生

人口動態統計によれば、「浴槽内での溺水」の9割以上は家庭で発生しています。これは商業施設等では浴室内に他者の目があるため異変時に早い段階での救助対応が望める一方で、家庭の浴室では家族が同居していても浴室内での異変に気付きにくいことや、単身世帯が増加していることが影響していると考えられます。

表1 「浴槽内での溺死及び溺水」の発生場所

※人口動態統計2019年より作成


東京消防庁で公開されている救急搬送に関する事例文2)に、商業施設におけるものとして「銭湯で1時間ほど入浴中、意識を失ってお湯の中に水没するのを利用客が目撃し、引き上げた(70代 中等症 )。」というものがある一方で、家庭におけるものでは「入浴後、風呂から上がってこないため心配し様子を見に行くと、浴槽内で顔を水没させ意識のない状態でいるのを発見した。(80代 重篤)。」というものがあるように、商業施設では異変発生時に他者が浴槽から引き上げたことで死に至らなかったのに対して、家庭ではそれができない結果、重篤な症状に至ってしまうと言えます。

◆高齢者が犠牲に

死亡者の属性を見ると、高齢者の割合が高く、65歳以上の方が9割となっており、特に75歳以上の後期高齢者で多くなっています。高齢者の方には十分な対策を取っていただく必要があると言えます。また、男女差について見ると、原因は分かりませんが、男性の死亡率が女性より高く、年齢が上がるほどその差が広がる傾向にあります。

図2 「浴槽内での溺死及び溺水」の年齢別死亡者数
※人口動態統計2019年より作成

図3 「浴槽内での溺死及び溺水」の性別年齢別の死亡率(10万人あたり)
※人口動態統計2019年より作成

◆冬と夜に多く発生

「浴槽内での溺死及び溺水」は冬季に多く発生しており、特に冬の初めである12月と1月に最も多くなっています。また、東京消防庁の救急搬送データによると、発生時間帯は夜間が多くなっており、これは入浴が夜間にされることが多いためと考えられます。

図4 「浴槽内での溺死及び溺水」の月別死亡者数
※人口動態統計2019年より作成

図5 東京消防庁における溺水事故の時間帯別救急搬送件数
※2016年東京消防庁救急搬送記録より作成

2. 事故のメカニズムと予防策

死に至るメカニズムや予防策について、建築系および医学系の有識者[伊香賀 俊治 教授(慶應義塾大学 理工学部システムデザイン工学科)、鈴木 昌 教授(東京歯科大学 市川総合病院救急科)]にお話を伺いました。

伊香賀教授は、国交省の補助事業を活用した住宅の温熱環境と健康との関係についての調査研究を実施されており、鈴木教授は、厚生労働省科学研究費による研究課題において伊香賀教授と共同で入浴関連事故の実態把握・予防対策に関する研究を実施されており、入浴事故についての専門的見識をお持ちです。

◆溺水の要因は熱中症であることが多い

―住宅の浴室で溺死が起こる原因を教えてください。

これまで浴室における溺水は血圧変動が原因とされ、それが「ヒートショック」と呼ばれてきました。浴室や脱衣室における寒暖差が血圧の乱高下を招き、それによって脳卒中や心筋梗塞を発症し、死に至るというものです。もちろんそのような事例も存在しうるのですが、2014年に行った我々の研究文1)において、浴槽内で倒れて救急搬送された方の実態調査を行ったところ、体温上昇により意識が遠のいている、つまり熱中症になってしまった方が多いことが示されました。

肩や首までの全身を熱いお湯の中につかる全身浴では、湯からの熱で体温があがり、体を冷やすような放熱ができずに体温が調節できなくなって体温が上昇します。さらにそのままお湯に長い時間つかり続けた場合には意識レベルが低下する(ボーっとする)ことが起こります。その結果、浴槽内で脱力して顔面がお湯につかり溺水するという状況になることもありますし、また、顔面がつからなくてもお湯から出られなくなることでさらなる体温上昇を招き、それ自体が死因となる場合もあります。

冬場に熱中症になり死に至るというと俄かに信じがたい話なのですが、夏でも冬でも、外部の熱が身体に伝わるという原理は不変ですし、お湯に入る=外から熱を受けるという状況であることは間違いありません。熱を受け体温が上昇すると熱失神、熱疲労、熱射病など身体に様々な悪影響が起きてしまいます。

図6 入浴事故の機序
※厚労科研報告書文1)より引用

◆寒い住宅が「危険な入浴」を助長

―熱いお湯に長くつかることが問題なのですね。

はい。では、なぜ人が熱いお湯に長い時間つかるのかというと、日本の住宅が寒いことが原因としてあげられます。断熱性能が低く寒い住宅では、手足をはじめ身体が冷える場面が多いのです。身体が冷えたままでは、筋肉が緊張して眠れないことなどもあり、「熱いお風呂に入って身体をあたためよう」という欲求が高まります。たとえ暖房をしたとしても、足元が冷たいままだと身体は冷えてしまうのであまり変わりません。冷えた身体が十分にあたたまったと感じるようになるまで、熱いお湯に長くつかってしまうというわけです。

◆お風呂は41℃以下で10分までに

―入浴中の熱中症を予防するポイントや対策を教えてください。

熱中症による意識障害を防ぐには体温が38℃を超えないことが重要です。我々の研究で、体温の変化をお湯の温度と入浴時間との関係からシミュレーションしたところ、人の体型により多少の差はあるものの、42℃のお湯に10分入浴した場合に、体温が38℃近くに達することが分かりました。また、つかるお湯が熱いほど体温は早く上昇します。

図7 お湯の温度と体温上昇の関係
※伊香賀俊治教授より提供

したがって、お湯の温度は41℃以下、つかる時間は10分までにすることが大切なポイントになります。

◆脱衣所を暖める

―建築や設備の面からできる対策について教えてください。

我々の研究文3)では、入浴事故につながりやすい危険な入浴をする人の割合は、居間と脱衣所がともに18℃以上の住まいに比べて、居間が18℃以上でも脱衣所が18℃未満の住まいや、居間・脱衣所ともに18℃未満の住まいでは約1.8倍も多くなることが示されています。したがって、脱衣所を入浴前に暖めておくことが効果があると考えられます。

図8 室温による危険入浴の違い
※伊香賀俊治教授より提供

◆住宅の断熱性を高める

さらに根本的には住宅の断熱性を高めることが求められます。断熱改修を施すことにより、帰宅から就寝までの居間と脱衣所の最低室温がともに3℃ほど上昇した住まいでは、危険な「熱め・長め入浴」をする人の割合が有意に減少していることが分かりました。居間と脱衣所の温度差がない全体が暖かい家にすることで、手足や身体が冷えることがなくなり、結果として長い時間熱いお湯につからずともよくなると言えるでしょう。さらには床暖房などを導入するなど足元を冷たくしないことも効果があると考えられます。

図9 断熱改修による危険入浴の違い
※伊香賀俊治教授より提供

◆住宅設備の開発もありえる

危険な「熱め・長め入浴」を減らし、「41℃以下10分まで」の入浴とするための住宅設備が、今後開発されるとよいのではとも思います。例えば、お湯の温度を42℃以上に簡単に設定できないような制限装置や、熱めに設定した場合には警告が出るようなものがあってもいいかもしれません。また、入浴時間を計測するために手動のタイマーを利用者が浴室に持ち込んでもよいのですが、より実効性を高めるために、人が湯船につかっている時間を自動的に計測し、10分経過したらアラームを鳴らす。それでも人が湯船から出ない場合には、お湯を自動的に抜いてしまう、という設備があっていいように思います。

―有用なお話をありがとうございました。

3. 入浴中の溺水事故に関する情報や学術研究

入浴中の溺水事故に関して市民に向けて発信されている啓発情報や学術研究などをまとめました。様々な対策や参考となる情報が記載されていますので、ぜひご覧いただき予防にお役立てください。

◆啓発や対策に関する情報

行政等が各種の啓発情報をオンラインで発信しています。入浴事故の予防対策として、上述した「熱め・長め入浴」を避けることや、家を暖かくすることも含め、その他の入浴時の注意点「浴槽から急に立ち上がらない/食後すぐの入浴や、飲酒後や医薬品服用後の入浴は避ける/同居家族に入浴時の見守りを頼む、など」などがまとめられています。また、万が一の事故発生時の対応「浴槽の栓を抜く/大声で助けを呼び、人を集める/入浴者を浴槽から出せるようであれば救出する」などについても整理されています。

番号 著者 タイトル site
1 消費者庁 冬季に多発する高齢者の入浴中の事故に御注意ください!-自宅の浴槽内での不慮の溺水事故が増えています- site
2 東京消防庁 STOP!高齢者の「おぼれる」事故 site
3 東京消防庁 救急搬送データからみる高齢者の事故 ~日常生活での高齢者の事故を防ぐために~ site
4 あったかパートナーズ(東京ガス株式会社ほか) STOP ! ヒートショック site
5 東京都監察医務院 東京都23区における入浴中の死亡者数の推移 site

◆学術論文など

入浴事故の実態に関する研究や浴室等の温熱環境。断熱に関する研究が発表されています。学術論文に関する詳しい情報につきましては、Cinii(NII論文情報ナビゲータ)で該当する論文タイトルを検索の上、ご参照ください。

1)入浴事故の実態などに関するもの
番号 著者 タイトル 掲載誌 発行年
1 堀進悟 入浴中の急死 内科専門医会誌 10 1998年
2 堀進悟 入浴による心肺停止 心臓 29 1999年
3 畔柳三省ほか 東京都23区内における入浴中の死亡:剖検例について 心臓 33 2001年
4 重臣宗伯, 佐藤ワカ, 円山啓司, 吉岡尚文 高齢者の入浴中突然死に関する調査研究 日本救急医学会雑誌 12(3) 2001年
3月
5 鈴木 晃 住宅内の事故、とくに入浴中の事故を中心に 空衛、シリーズ:建築と健康(6) 2011年
11月
6 橋口 暢子 入浴にともなう事故の現状と対策 日本人間工学会大会講演集 2012年
7 日本法医学会企画調査委員会 浴槽内死亡事例の調査 日本法医学会課題調査報告 2014年
3月1日
8 福永龍繁, 鈴木秀人 東京都23区における入浴中の突然死 日本温泉気候物理医学会雑誌 78(1) 2014年
9 松田友子ほか アンケート調査による入浴事故対策事業の評価 日本公衆衛生雑誌 63(2) 2016年
10 Suzuki Masaru, Shimbo Takuro, Ikaga Toshiharu, Hori Shingo Sudden Death Phenomenon While Bathing in Japan ― Mortality Data ― 日本循環器學誌 81(8) 2017年
11 Suzuki Masaru, Ikaga Toshiharu, Hori Shingo Relationship between Bath-related Deaths and Low Air Temperature Internal Medicine 56(23) 2017年
12 Suzuki Masaru, Shimbo Takuro, Ikaga Toshiharu, Hori Shingo Incidence and Characteristics of Bath-related Accidents Internal Medicine 58(1) 2019年
13 黒木尚長 入浴事故の危機管理:なぜ、入浴事故が起こっているのか 総合危機管理 3(0) 2019年
14 栗原潤一 住宅内の事故 ~入浴中の事故を中心に~ 建築防災、特集建築物の日常安全の今 2021年
1月
15 布田健 救急搬送記録から見る日常災害の実態 ~現在と40年前の日常災害の変化~ 建築防災、特集建築物の日常安全の今 2021年
1月
16 瀧波慶和, 仁科雅良 Bathing-related emergency department visits at a single hospital 蘇生 40(2) 2021年
2)浴室等の温熱環境。断熱に関するもの
番号 著者 タイトル 掲載誌 発行年
17 津本美和, 久保博子, 磯田憲生 前室室温の違いが入浴時の生理・心理反応に及ぼす影響について 日本家政学会研究発表要旨集 58(0) 2006年
18 小太刀一光, 高橋龍太郎, 杉山智美 , 前川佳史 ミストサウナを活用した高齢者向け入浴方法の検討 日本建築学会学術講演梗概集. D-2 2007年
19 伊香賀俊治, 堀進悟, 鈴木昌 熱中症の視点から見た高齢者の入浴事故予防策の検討 空気調和・衛生工学会大会 学術講演論文集 2012.2(0) 2012年
20 八塚春子,井上隆,前真之,森勇樹 浴室設備と冬期における入浴・浴室温熱環境の実態把握
インターネット調査による地域・建築形態・築年数の検討
日本建築学会環境系論文集 第78巻 第688号,489-496 2013年
6月1日
21 大門俊介ら 断熱性能の違いによる浴室空間内の人体温度変化に関する研究 日本建築学会大会学術講演梗概集 2017年8 月
22 濱中 香也子ら 浴室リフォームによる温熱環境向上効果に関する研究
第1 報 断熱改修及び設備使用に伴う浴室空気温度変化
日本建築学会大会学術講演梗概集 2017年8月
23 荒木 菜那ら 浴室リフォームによる温熱環境向上効果に関する研究
第2 報 時間軸を考慮した入浴時の温熱環境評価
日本建築学会大会学術講演梗概集 2017年8月
24 伊藤 佳乃子ら 居住者の意識に即した浴室・脱衣室の冬季温熱環境改善策の検討 日本建築学会大会学術講演梗概集 2019年9月

以上、近年増加している浴室での溺水事故に関して、実態と予防対策、関連情報をまとめました。事故予防にお役立ていただければ幸いです。

参考文献など
1) 厚生労働省科学研究費補助金報告書「入浴関連事故の実態把握及び予防対策に関する研究」,(研究代表者 堀進悟(慶応義塾大学医学部救急医学教室),平成26年3月
2) 東京消防庁「救急搬送データからみる高齢者の事故~日常生活での高齢者の事故を防ぐために~」, https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/lfe/topics/nichijou/kkhansoudeta.html